いとしこいし 喜味こいし 先生 死去

大阪 漫才界の重鎮中の重鎮 1937年から兄弟で少年漫才コンビを組み1999年には
大阪市指定無形文化財に指定されています いとこい師匠こと 夢路いとし 喜味こいし
その弟さんの喜味こいし先生が24日 肺がんの為 お亡くなりになりました。83歳でした。

大阪は 変な街である。 とても お笑いを重要視する。 それは ながーい 歴史がそうさせたのか
よく 分からないが 今でこそ 色々な街からお笑い芸人を目指す若者が出てきているが、一昔前
までは 居なかった。それも 吉本が色んな街に芸人養成場を作っている要因も在るかもしれない。
ただ 僕ら小学生の頃から 頭良いやつ、運動神経の良いやつ、これは全国的に女子に人気あった
と思うが 大阪は それと別枠で 「面白いやつ」が凄く人気があった。これに 頭&運動神経の両方
かどちらかが兼ね備えれば、無敵であった。土曜日 学校が 半どん で家に帰り 急いで公園で
野球をしてそそくさと 2時前に 「ほんだらね~」 と チャリンコを飛ばし 家に帰り 2時からの
吉本新喜劇を見て笑い そして 3時から 藤山寛美先生の 人情喜劇 松竹新喜劇を見る。 
夕方には お笑いネットワーク(テレビ番組) で 漫才を見る。そして 新喜劇の ギャグや漫才の
言い回しを覚え、週明けの学校で披露する為 密かに真似して練習する。 それを学校で休み時間
披露してしている時 先生に見つかり 「何々君 また そんな アホな事してるんか 勉強せえへん
かったら 吉本しか行かれへんぞ」と 突っ込まれる。 多分 1970年代~80年代 大阪の小学校の
定番的な光景だと思うその中で育ったのが今 テレビに出ている 大阪出身の芸人さん達である。
最近の笑いには 多少不満がある。情緒が無いような気がする。 スプラッタ(バタバタ)の吉本
新喜劇の後に 人情喜劇の松竹新喜劇が続き 家族 特にお婆ちゃん お爺ちゃんと一緒に見れて
楽しめた時には 横で感動して泣いてるお婆ちゃんを見て、不覚にももらい泣きとかしてしまう。
バタバタだけがお笑いではなく、笑いに 色んな種類が在るのを教えてくれていた。でも 昨今の
笑いは 子供が好きそうな 笑いばかりに なってきてるな と 危惧する今日この頃である。この
派手さは無いし 大笑いもしないが ずっと微笑んだ顔 えびす顔で居れる笑い
最近 少なくなりましたなぁ。。


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by staygoldco | 2011-01-25 11:22 | OSAKA  

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